(くろちゃや)
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  五日市地区では、あまりにも有名な店である。高橋敏彦画伯の筆による「黒茶屋」の味わいある文字は多くの人ををなごませてきた。
  今日は、黒茶屋の高水専務を訪ねて、黒茶屋創業の時代や、黒茶屋経営に苦心された点などをお話していただいた。
創業時代
 黒茶屋は現在の高水社長、高水専務の兄弟が創業した企業である。二人の父が経営していた紡績工場の跡地に、檜原村の庄屋宅を移築し、今日の囲炉里辺の味「黒茶屋」に進化された。
 当時、ゼロからのスタートを切った高水兄弟は、兄がキノコ採り、弟が調理するーといった田舎料理で都会の客人をおもてなしする原点から、この店を立ち上げている。経営が低迷する永い年月を経て、今日の名声を得るまでのプロセスは決して順風満帆ではなかった。

川から建物を見る
 高水専務は、川から建物を見るという。旅館などで「裏が川になっております。」と女中さんが案内されることに違和感がある。「川は表なのです。」
 秋川に育ち、川からいつも景色を見ていた。川が中心である。川から見て、美しい建物こそ本物である。
 黒茶屋では、10年前に全館の汚水を6000万円かけて処理する施設をつくった。市に先駆けての話だ。店としてのポリシーであるという。
「自然との共存」は黒茶屋のテーマでもある。昔の人は作為がない。黒茶屋では懐かしい日本文化を味わってほしい。変化するもの・・・・「木」「鉄」「石」・・・・自然の素材は朽ちて、滅びる、だから生命がある。
迎え行く情報化社会も、「あくまで手段」だ。情報の裏に隠された言葉、日本女性の美しさ、こんなことが大切であると語る。

真の街づくりを
高水専務は、よく都会に出かける。都心ではできないぜいたくをお客様に味わって頂きたいと考えている。黒茶屋は町屋の商家のイメージだ。懐かしさの中で、田舎の味を楽しんでいただく。和の心。現在のなごみである。
       
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